2007.08.09

園長・副園長コラム

八月に思うこと

8月9日(木)

1日の神通川の花火、6日の広島・9日の長崎の原爆の日、15日の終戦の日を迎えるこの暑い時期になると少なからず戦争について考える。
過去の戦争の是非というよりも亡くなった人達や当時を生き抜いた人々の悲しみを思う。

野坂昭如さんの『火垂るの墓』をご存知の方も多い事でしょう。神戸の空襲を舞台に書かれたものですが、私の亡き父は「清太」と同じ境遇を生き抜いた一人でした。
旧制中学を出たかどうかの少年は、戦況の悪化するなか飛行機を作りに行ったそうです。そして迎える堺の空襲。みんなが逃げ込んだ防空壕にはガスが充満しており、母親と3人の姉妹は亡くなりました。
奇跡的に助かった9歳の弟も火傷を負い、重症。跡取りの長男も戦地で戦死、父親も終戦直後に亡くなったのです。様子を見に戻ってきた17歳の少年が、遺体の山をみて何を思ったのか。
父自身は私達にあまり語ろうとしませんでしたが、その悔しさと悲しさと不安、怒り・・・は、想像もつかないものであったと思います。
その後は、『火垂るの墓』と同じ。残された重症の弟を抱え、家もなく戦後の混乱を生き抜いたのです。母親の残してくれた当時の大金もヤミの食料に変え、すぐなくなります。大八車に弟を乗せ、身を寄せた親戚の家も程なく出たということ。
父は何も言いませんが、清太や節子と同じような事があったのでしょう。
父の言葉の端々から私は「辛い思いをしたのだろう」と思いやるしかありませんが、ただ、法灯を守らねばならないという義務感と幼い弟を育てるという責任感で焼け跡へ戻り、復興へと頑張ったのだと思います。

私は、身近に戦争体験者がいてその悲しみを自分自身のものとして考えることができましたが、戦後何十年と過ぎようとしている今、この悲しみは伝わるのでしょうか。
他人の悲しみは、感じる私に思いやる気持ちがなければ、伝わってこないもの。
いくら詳しい説明があったとしても、心を動かされるかどうかは受ける側の心の問題。
子ども達には、身近でいい、他人の心の悲しみをわかる人になってもらいたいと日々願ってやみません。お友達の・お母さんの・家族の・・・言葉にならない悲しみを察してあげられる優しさが育って欲しいと思います。「どんな気持ちなんだろう」と考えてみて下さい。その痛みを自分のものとして感じて下さい。
そんな気持ちの持てる子ども達に育ってくれたなら、いじめの社会問題もひいては戦争も起こらない世界になると信じています。

(副園長  土岐 環)